ブルックリン・ブリッジからグラウンドゼロを訪れる (2012年10月13日)

67Burgerでランチを食べた後、夕方まで少々時間が空いたので、ブルックリン・ブリッジを散歩することにした。徒歩でブルックリン・ブリッジを通り、マンハッタン島へ渡る。その後、グラウンドゼロを訪れた。

宿からブルックリンブリッジまでは3km弱、30分程度だった。iPhone5の地図に、ブルックリン・ブリッジまでのルートを表示させながら歩いてみる。ところが、地図の道路がわかりにくく、なぜかブルックリン・ブリッジの入口付近で、脇道にそれてしまう。本当にiPhone5の地図 (正確には、iOS6から標準になった地図)  は、分かりづらい。早く以前のGoogleマップなみの精度に戻って欲しい。

ブルックリン・ブリッジは、たくさんの通行人で溢れていた。みたところ、観光客が8割くらいを占めていたような気がする。みんなカメラを持っていて、記念撮影をしたり、地図を見ながら、意味自分がどこにいるかを確かめながら歩いていた。観光客の群れをぬうように、時折ジョギングをしているひとや、自転車で橋を渡ろうとする人たちが風のように通り過ぎる。みんな慣れているのか、ランナーもサイクリストたちは、キョロキョロしながら歩く観光客の合間を、器用にかわしながら、結構なスピードを出していた。

 ブルックリンブリッジから見る風景は、さぞかし気持ちが良いのでは...と思っていたが、橋の大部分は、ものすごい量のケーブルで支えられていて、橋から風景をみようとしても、まるで檻の中から外を眺めるような、ケーブルだらけの景色が続く。ときおり、ケーブルが邪魔をしないところがあって、その隙間からは、なかなかの景色を眺める事ができた。

ブルックリンブリッジを渡り切ると、ちょうどニューヨーク市庁舎の前の公園におりたった。

公園では、ストリートパフォーマーがパフォーマンスをしていて、大きな人の輪ができていた。 このグループのネタが、かなりきわどいもので、ほとんどが黒人に関するものだった。グループは全員アフリカンアメリカン、黒人だけで、筋骨りゅうりゅうのアスリートのような男たち4、5人ぐらい。

例えばこんな調子、一人がラップのようにセリフを連発して、残りの数人がコーラスのようにリフレインする感じで

さあ、観客の中から、パフォーマンスに協力してくれる人を募集するよ! 
きみ、そこの君、さあ、前に出て! どうした、なぜ前に出ない?
黒人を見るのははじめてか?怖いか?

大丈夫、我々は怖くない!(怖くない!)
黒人は怖くない! (黒人は怖くない!)

黒人はけっして噛み付いたりしない! (噛み付いたりしない!)

君を食べたりしない! (食べたりしない!)

とか、

さあ、このパフォーマンスをみたら、君たちの気持ちをこの帽子にいれてくれ!(いれてくれ!) 

同胞たちは1ドル!(1ドル!)
韓国人は2ドル!(2ドル!)
日本人は3ドル!(3ドル!)
ポーランド人は5ドル! (5ドル!)

そして白人は、 20ドル!

どっと笑いが起こる。細かいところの言い回しは若干記憶が怪しいけど、ネタとしてはだいたいこんな感じ。

ようするに、黒人に対する偏見をこれでもかというぐらい、自虐的に扱って笑いを取っていた。しかも、その掛け合いがラップのようにリズムが良いので、ますます笑える。ちょうどエディ・マーフィーやクリス・タッカーのような、リズムの良さだった。

こういう、人種差別ネタの笑いは、日本ではまずお目にかかれない。というか、そもそも放送になる前に消えてしまうだろう。

マンハッタンの路上で見たこのネタは、さすがのアメリカでもTV放映しづらいんじゃないだろうか。

ひとしきりパフォーマンスを見たあと、歩いてグランド・ゼロまで向かう。

グラウンド・ゼロ付近に近づくと、無意識のうちに身震いのような、悪寒に包まれるような、なんとも言えない気持ちに包まれる。

僕は霊感のようなものは全くと言って良いほど持ち合わせないのだが、この付近に立ち込める空気の濃さには、はっとさせられる思いがした。 それは、テレビで見た大事件の現場に立った瞬間、あの映画のような事件がフラッシュバックしたせいなのかもしれない。あるいは、この場所を訪れる人々が、多かれ少なかれ持っている、独特の感情が作り出した空気なのかもしれない。

とにかく、グラウンドゼロ付近にたちこめる、独特の空気は、僕の意識を一瞬現実の世界から引き剥がすような、濃さがあった。

あのとき、僕は札幌で仕事をしていた。まだ、ゲームソフトメーカーにいた頃で、新作ゲームのプロモーションのために、毎月定例の展示会に参加していたのだ。

展示会の会場では、どのゲームメーカーの担当者も、仕事を忘れて、テレビの映像に見入っていた。普段はあんまり話をしない他メーカーの人たち同士、その日だけは、なんとなく誰かと話さずにはいられない気持ちになっていたのか、互いにせんもないきっかけを見つけては、声を掛け合っていた事を今でも思い出す。僕も、普段あまり話していなかったスクウェアの担当者と会話したのを、よく覚えている。彼と会話らしい会話をしたのは、このとき含めて数えるくらいしかなかった。

現場では、既に大掛かりな工事が始まっていて、新しい高層ビルがだいぶ出来上がっていた。

グラウンドゼロの中心地へ行って、花を捧げたい、と思ったが、予約制で、事前に申し込まないと近づけないようだった。事前にきちんと調べてくれば良かった。 しょうがないので、目をつぶり、黙祷を捧げてから、地下鉄に乗って宿へ帰った。

時差ぼけはまだなおらない。この日、夜の8時からブロードウェイでミュージカルを見る予定があった。夜まではまだ間があったので、ベッドに横たわると、いつの間にか眠っていた。起きたのは午後5時だった。