エウレカセブンAO 第10話 「リリース・ユア・セルフ」感想

今回は、脇を固めるキャラクターの物語紹介、といった趣でしたね。

直接の本線から少し離れて、キャラクターのバックグラウンドを紹介する、サブストーリー的な展開でした。

イビチャとレベッカの物語

パイドパイパーの隊長、参謀の物語。それぞれの過去が明かされる話。イビチャという名前も含めて、ユーゴスラビアの戦争の歴史を色濃く感じさせる話でした。

大人には大人なりの過去と体験があるわけで、汚れた世界もひと通り通っている。そんな大人が、戦う子供たちと一緒になった時、どんな態度で、どんな言葉をかけるのか。

イビチャはイビチャなりに凄惨な体験をしていて、戦いの悲惨さ、無常さを知り尽くしているキャラクターなのでしょう。だから、子供たちに対して、絶対に守る、という意思を感じさせるキャラクター造形になっています。

一方で、アオはアオなりに、自分の立ち場からできることを探して、自分なりに困難な局面を切り開いていくだけの勇気があった。イビチャから見ると、アオは保護する相手=子供である同時に、戦う仲間でもあった。そして、フレアとエレナも、立派に作戦行動を取って、相手を粉砕した。

なんとなく、イビチャが背負っている「何かを守る」「子供を守る」という重荷が、アオたちによって少し解放されたように見えました。子供は子供なりに、混沌とした情勢の中で、自分のできることを精一杯頑張って、状況を打開しようとしている。

サブタイトルの「リリース・ユア・セルフ」は、すべてを抱え込んでいる大人=イビチャが、そんな戦う子供たちによって、少し自分を開放できた、そんなシーンを象徴する言葉だったのかな、と。

レベッカの過去も明かされたわけですが、こちらは本線の物語と、どう関係するのか=レベッカはなぜゲネラシオン・ブルにいて、仲間に対してどんな思いを持っているのか、についてはあまり触れずじまい。プロパガンダを通じて戦争を助長してきた立場から、イビチャと戦いについてなにがしかの思い、信念、後悔のようなものがあるのは感じられましたが、それ以上はあまりわからず。ちょっと尺が足りなかった感じですね。

前作に比べて展開が早い

前作の「交響詩篇エウレカセブン」は50話構成でした。話数が多い分だけ、サブストーリーも多く、各キャラの立ち位置や行動原理がよく分かり、それが各キャラクターの造形描写の深さにつながりました。簡単に言うと「キャラクター設定が良く理解でき、キャラがいきいきしてみえた」ように思えます。

一方、エウレカセブンAOは、2クール構成=26話程度、と聞いています。前作のほぼ半分なので、話の展開が前作に比べて早い。それだけ、物語の世界観の説明に時間が取られて、キャラクター描写にあまり時間を割けない=なぜ、このキャラクターがここにいるのか、どういう行動原理で動いているのか、があまり見えない構造になっています。

エウレカセブンAOの物語展開は、これでもかというぐらい情報と謎を詰め込んでいるので、それらの情報処理中心に話が進んでいます。このため、これまでの10話を見ても、今ひとつキャラクターの性格や行動原理がわかりづらいのが、ちょいつらい。

前作は

  • レントン-少年の悩みと成長を体現するキャラクター

  • エウレカ-変わり行く自分に苦悩しながらも、「変わる自分」を肯定的に受け止めるキャラクター

  • ホランド-ダメなところも含めて、大人としての責任の重さに苦しみながらも立ち向かうキャラクター

という風に、上記3人の主要キャラ以外も含めて、どのキャラクターも「あ、こういう人いる」と思える、感情移入しやすいキャラクターが多くいました。

「エウレカセブンAO」の各キャラクターにも、濃密な設定があるはずなので、これからどんどんキャラクターの魅力を引き出して欲しいところです。