村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を読みました。

村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を読了しました。

これがとても面白く、いちいち共感できたので、ぜひ紹介をさせて下さい。

走ることについて語るときに僕の語ること
走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること」とは、どんな本なのか

小説ではなく、エッセイでもない、不思議な作品です。

あえてひとことで言うと、

・村上春樹が参加した、2005年のニューヨーク・シティ・マラソン前後の、練習記録

になります。

練習記録というのが一番しっくり来るのですが、ランナーなら誰でも感じる、言葉にできない「感覚」を、みごとに言語化している、たぐいまれな作品です。

ランナーが感じる、言葉にできない「感覚」を言語化している

ランナーは自分以外のランナーに対して、独特の「フラットな感覚」を感じることがあります。

日々ジョギングをしたり、レースに出たことのある人ならわかると思いますが、知り合いではないのに、同じランナーというだけで、なぜか少し相手のことが理解できるような感覚。

仕事や立場や、世の中のレッテルを通さずに、素直な気持ちで相手と接し、話し、相手を応援できる、独特の感覚。

走る速さが早い、遅いといった、「記録」の優劣は、あまりランナー同士のコミュニケーションに大きな影響を与えません。

それは、「走る」という、共通点を持つ者どうしが感じる「フラットな感覚」です。

村上春樹は、このような文章を書いています。

 

フル・マラソンを走ってみればわかるが、レースで特定の誰かに勝っても負けても、そんなことはランナーにとってとくに問題にはならない。もちろん、優勝を目指すようなトップ・ランナーになれば、目の前のライバルを凌駕することは重要な課題になるわけだが、一般の市民ランナーにとっては、個人的な勝ち負けは大きなトピックではない。

(書籍版21-22ページ)


一般的なランナーの多くは「今回はこれくらいのタイムで走ろう」とあらかじめ個人的な目標を決めてレースに挑む。そのタイム内で走ることが出来れば、彼/彼女は「何かを達成した」ことになるし、もし走れなければ、「何かが達成出来なかった」ことになる。もしタイム内で走れなかったとしても、やれる限りのことはやったという満足感なり、次につながっていくポジティブな手応えがあれば、また何かしらの大きな発見のようなものがあれば、たぶんそれはひとつの達成になるだろう。言い換えれば、走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか、それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。

(書籍版22ページ)

僕が感じていた、独特のフラット感は、

  • ランナーはそれぞれが個人個人の目標を持っていて、自分をだれとも比較せず、自分の目標に向き合っている人が多い
  • だから、ランナー同士は、お互いの存在を「比較」でみない。互いに、それぞれの道を歩む者どうし、フラットな目線になる
ということだったのだ、と合点が行きました。

そして、走るときに、苦しさと同時に感じる、頭が不思議な空白に包まれる感覚。

村上春樹は、こんな表現で説明していました。

僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っている。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。そのような空白の中にも、その時々の考えが自然に潜り込んでくる。当然のことだ。人間の心のなかには真の空白など存在し得ないのだから。人間の精神は真空を抱え込めるほど強くないし、また一貫してもいない。・・・

走っているときに頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも空はあくまで空のままだ。雲はただの過客にすぎない。それは通りすぎて消えて行くものだ。・・・

(書籍版32ページ)

どこをとっても、いちいち共感でき、「そうそう、まさにそのとおり」と、うなずける文章が溢れているのです。

 

村上春樹の凄さが分かった気がする

僕は今まで、あまり村上春樹の作品を読んでいません。「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」ぐらいです。どちらも面白かったのですが、熱狂的にのめり込む、までは到達しませんでした。

ですが、この本を読んで、いっぺんに村上春樹のファンになってしまいました。

これほどまでに精緻かつ読みやすい文書で、「走る」ことについて書かれた文章は、今までお目にかかったことがありません。

同時に、村上春樹が、なぜこんなにも大勢の人々に支持され、読まれているのかがよく分かりました。

彼が描写する文章には、圧倒的なリアリティがあり、まるで自分が作品の中に入って、文章として書かれていることが、自分でもリアルに体感しているような感覚に襲われるからだ、と思いました。

 

「偉大な作家」ではなく、「どこにでもいる、ランナー仲間の一人」に見えてくる

そして、この本を読み終えたとき、村上春樹が「偉大な作家」ではなく、公園や道路ですれ違う、同じランナー仲間の一人のように思えてきました。職業作家として、黙々と走り続け、自分の肉体と会話する姿は、僕達が普段走り、仕事をし、そしてまた走る姿と何ら変わりありません。

いつか、同じレースに参加して、一言二言、言葉をかわしてみたいなあ。

そんな訳で、普段ジョギングをしているランナー全ての皆様に、お勧めできる本でした。

この本を読んだ後は、走ることが、今までよりもまた少し、楽しくなると思います。

 

追伸:

同僚のMayumineさんが、一足先に読了して、感想記事を書いていました。素敵なブログ記事なので、こちらもぜひご覧ください。