■ジェネラリスト(会社員)からスペシャリスト(専門家)へ
今年に入ってから読んだ本の中で、立て続けに
「これからはジェネラリストではなく、スペシャリストとして生きる時代だ」
といった趣旨の文章を何回か見ました。
ここでいう「ジェネラリスト」は、いわゆる「会社人間」のことで、
「事務的なスキルは満遍なくあるが、何か「手に職」になるような、専門的な技術は持たない人」
を指しておりました。
「文系・大卒・30歳以上」がクビになる―大失業時代を生き抜く発想法 (新潮新書)


も然り、
ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書)


も然り。
「ネットがあれば履歴書は要らない」で、著者の佐々木俊尚さんは、以下のように述べておりました。
これでは社内でいくら仕事ができようとも、他の企業に入れば、まったく意味がないことになる。仮に会社の経営が厳しくなったとき、これでは転職しようにも誰にも相手にしてもらえない状況が待っているだけだ。ジェネラリストといっても、しょせんは勤務先の会社の中だけで成り立つジェネラリストであり、本当の意味でのジェネラリストではないのだ。
だからこそ、エキスパートになる必要があり、これから訪れるであろう時代に備えなければならない。先ほども書いたように、昨今の転職市場で求められる人材は、エキスパートであることは間違いない。転職での面接の際、「僕は営業も人事も総務も経理も、一通り経験し、社内ではチームワークを大事にやっていました」といっても、何のとりえもない人にしか見えない。そんな人物を企業が雇いたいと思わないのは当然のことだ。
それならば、「ずっと経理部に所属し、経理に関しては誰にも負けないと自負している」と面接官に伝えたり、「○○というシステムを使いこなします」と具体的な専門性を伝えることの方が、企業から雇ってもらえる確率は数段に上がるだろう。
(「ネットがあれば履歴書は要らない」21ページより)
これはよく理解できます。
僕は、ある企業に10数年所属した後、初めて転職したのですが、そのときに評価されたのは
・ずっと携わってきた、営業とかマーケティングの職能
よりは、むしろ
・当時はまだ珍しかった「CMS」という仕組みに対する知識とか興味、経験
のほうが大きかったのでした。
これが僕には、発見でもあり、ちょっとショックでもありました。
そこそこ名前が知られた会社にいたので、そこでの営業経験や業務経験はそれなりに評価されるかと思ったのですが、そちらは可もなく不可もない評価だったようです。
それよりはむしろ、当時の会社が開発していた「CMS」という仕組みについて、興味や知識、経験(自家製のニュース更新システム)を趣味で作っていたことのほうが、評価されたようです。
■ 中村俊輔選手が説く「満遍なくできる」という才能
そんなわけで、最近の自己啓発本では「スペシャリストを目指そう」というフレーズをよく目にします。
ただ、僕は、この言葉に違和感を感じていました。
「スペシャリストはスペシャリスト同士、苛烈なまでの競争にさらされる。そんな競争で勝ち残る、目立つ、実績を残すのは、おそらくごく一部だろう。そんな過酷な世界に、簡単に足を踏み入れて勝ち残れるものだろうか」
といった感覚でした。
スペシャリストになった瞬間、その道の専門家で激しい争いが待っている。
そんな苛烈な競争に、簡単に足を踏み入れてよいものだろうか?
このもやもやした感覚に、はっきりとした回答を与えてくれたのが、サッカー日本代表・中村俊輔選手の著書「察知力」でした。
察知力 (幻冬舎新書)

