第三舞台解散記念その1・個人的な観劇録
2012年1月15日(日)、ついに第三舞台が解散します。
旗揚げから30年間、走り続けた、劇団としては稀有な存在。
僕が東京に上京して、初めて見た舞台の一つが、第三舞台でした。
それまで自分がイメージしていた「演劇」というものと、あまりに違っていて、衝撃を受けました。
それ以来、第三舞台の本公演は欠かさず見るようにしていました。
今回は、僕が見た第三舞台の観劇録を簡単に書いてみました。
当時の思い出を思い出しつつ、ささやかに、そして極めて個人的に、第三舞台の解散を見送ろうと思います。
| 上演日 | 公演名 | 感想 |
|---|---|---|
| 1986年5月 | スワンソングが聞こえる場所 | 初めて見た第三舞台の公演。当時の自分は東京に来たばっかりの田舎者だった。とにかく度肝を抜かれた。 名越寿昭さんの怪演にすっかりやられてしまい、ファンになる。 |
| 1986年12月 | ハッシャ・バイ | 名越さんに再びやられる、が、結果的に彼の最後の出演作になってしまった。 当時所属していた劇団の仲間と一緒に、公演チラシをオリコミに行きました。あまりのセット枚数の多さに驚きました。 やっぱり人気劇団は違うなあ・・・と思い知らされた公演でした。 個人的に、第三舞台トップ3作品の一つ。 |
| 1987年7月 | 朝日のような夕日をつれて'87 | 念願の「朝日・・・」初見となった作品。なのですが、あまり印象に残っていない。 何度も何度も、弓立社さんの戯曲を読みこみ、ほぼセリフを覚えてしまっていたのでした。そのためか、文章で想像していた印象と違いが気になり、その違和感に悩まされて、観劇の感想が自分の中に残らなかったのだと思う。 オープニングの曲と、スーパーマリオの映像が妙にマッチしていたのが記憶に残っています。 |
| 1987年12月 | モダン・ホラー特別編 | これも、何度も読んでいた戯曲集と結構違ったため、頭の中の想像とのギャップに悩まされた舞台でした。 戯曲の方はお気に入りの一冊だったのに、正直、この舞台もあまり印象に残っていない。 ラグビーファンに語り継がれる「雪の早明戦」を見た後、「あ、そういえば第三舞台の公演をやっている」と気が付き、ふらっと劇場へ足を運んで、当日券で観劇した作品。 |
| 1988年7月 | 天使は瞳を閉じて | 非常に理解しやすく、非常に悲しいラストだった。それゆえ、鮮明に記憶に残る作品だった。 クライマックスシーンで鳴り響く、ペット・ショップ・ボーイズの「Always On My Mind」が印象に残った作品。明るい曲調なのに、なんでこんなに悲しく聞こえるんだろう、と思った。 |
| 1989年2月 | 宇宙で眠るための方法について・序章 | チケットを取るのが非常に困難で、新宿の紀伊国屋劇場で3-4時間並び、当日券をゲットして見ました。あんな時間の使い方は、もう二度とできないと思います。 この作品も、戯曲を先に読み込んでいたのですが、「朝日・・・」ほどの違和感に見舞われなかった。役者の皆さんのパワーが、シナリオのキャラクター像を振りきっていたせいだと思う。 とにかく舞台上の役者たちのパワーがはちきれるような作品でした。ダンスも、川崎悦子さん振りが全開で、印象深い。 |
| 1989年9月 | ピルグリム | 新宿のスペースゼロという、ちょっと珍しい場所で上演された作品。個人的に、第三舞台のトップ3に入る名作。 秋元康と高井麻巳子夫婦が観劇していて、「こんな忙しそうな人達でも、きちんと現場に足を運んで演劇を見るんだなあ」と、驚いた。 |
| 1990年8月 | ビー・ヒア・ナウ | これも、自分の中では第三舞台のトップ3に入る名作。この作品は東急文化村のシアターコクーンで上演されました。 この頃の作品は、ころころ上演場所が変わっていて、見慣れない劇場の雰囲気も同時に楽しんだせいか、場所と思い出が強く結びついている。 |
| 1991年2月 | 朝日のような夕日をつれて'91 | 前回に引き続き、違和感を強く感じた作品。自分が「朝日・・・」を見るたびに感じる違和感は何だろう。 この作品の直前に、第三舞台の関係者と一緒に芝居をした縁で、最終ゲネプロ(舞台初日前の、最後の通し稽古のこと)に招待してもらった作品。 誰もいない客席でスタッフの皆さんと一緒に見たのですが、なんだか自分が異空間にいるような気分にさせられた。 |
| 1991年8月 | ハッシャ・バイ | ハッシャバイの再演。大高洋夫・筒井真理子のペアと、池田成志・山口裕子のペアの、ダブルキャストで上演された作品。自分は両方見に行きました。どちらも味があって良かった。 開演前に鳴り響く「ラストダンスは私に」と、花束を持って微笑む出だしが最高に好きだった。 |
| 1991年11月 | 天使は瞳を閉じて インターナショナルヴァージョン | 確か、伊藤正宏さんが出演した最後の作品だったはず。 この「天使・・・」も、とても良かったです。個人的に、「天使は瞳を閉じて」の天使役は、伊藤正宏さん以外にありえない。 |
| 1994年7月 | スナフキンの手紙 | パソコン通信の「演劇フォーラム」で、この「スナフキンの手紙を」を見に行くオフ会という企画が持ち上がり、それに便乗してみた作品。 スナフキンの手紙自体が、パソコン通信をテーマに扱っていて、あまりのタイミングに愕然とした。おそらく、当時誰よりも「スナフキンの手紙」を楽んだ人間の一人だと思う。 |
| 1995年4月 | パレード旅団 | この作品から、明確に「第三舞台の雰囲気が変わった」と感じた作品。どこが変わったか、というと、とても説明しづらい。 実験的なエチュードの応酬で、芝居のような即興劇のような、メタ化した芝居の何か、を見てしまったと言うか・・・うーーん、なんて言ったら良いのだろう。 とにかく不思議な作品でした。 |
| 1996年8月 | リレイヤーⅢ | 解散公演の前に見た、最後の作品。ちょうど、初めて第三舞台を見てから10年経った頃の作品。 この頃は、10年前と比べても自分の人生が変わりすぎて、芝居に時間を作る余裕がなくなっていた頃。 同時に、芝居以外に自分の世界がいくつもできて、文字通り人生が大きく変わり始めた頃でした。 「リレイヤー」というのは、時間の流れと共に、劇団の人間関係や情熱・エネルギーを生み出す存在が、前の世代から次の世代へ変わっていく「変化」を表した作品。 ちょうど自分も同じようなシチューエションだったせいで、とても心に刺った。 |
| これからしばらく、第三舞台の作品から遠ざかる。 | ||
| 2011年12月 | 深呼吸する惑星 | なんと15年ぶりに見る第三舞台の作品、そして最後の作品。 「天使は瞳を閉じて」に似た所があるけれど、物語のラストは遥かに前向きで、希望に満ちた、ものだったと思う。 |
自分の青春を考えるとき、第三舞台はいつでもど真ん中にいました。
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