2012年1月14日 20:20

第三舞台解散記念その1・個人的な観劇録

2012年1月15日(日)、ついに第三舞台が解散します。

旗揚げから30年間、走り続けた、劇団としては稀有な存在。

僕が東京に上京して、初めて見た舞台の一つが、第三舞台でした。

それまで自分がイメージしていた「演劇」というものと、あまりに違っていて、衝撃を受けました。

それ以来、第三舞台の本公演は欠かさず見るようにしていました。

今回は、僕が見た第三舞台の観劇録を簡単に書いてみました。

当時の思い出を思い出しつつ、ささやかに、そして極めて個人的に、第三舞台の解散を見送ろうと思います。


上演日 公演名 感想
1986年5月 スワンソングが聞こえる場所 初めて見た第三舞台の公演。当時の自分は東京に来たばっかりの田舎者だった。とにかく度肝を抜かれた。

名越寿昭さんの怪演にすっかりやられてしまい、ファンになる。
1986年12月 ハッシャ・バイ 名越さんに再びやられる、が、結果的に彼の最後の出演作になってしまった。

当時所属していた劇団の仲間と一緒に、公演チラシをオリコミに行きました。あまりのセット枚数の多さに驚きました。
やっぱり人気劇団は違うなあ・・・と思い知らされた公演でした。

個人的に、第三舞台トップ3作品の一つ。
1987年7月 朝日のような夕日をつれて'87 念願の「朝日・・・」初見となった作品。なのですが、あまり印象に残っていない。

何度も何度も、弓立社さんの戯曲を読みこみ、ほぼセリフを覚えてしまっていたのでした。そのためか、文章で想像していた印象と違いが気になり、その違和感に悩まされて、観劇の感想が自分の中に残らなかったのだと思う。

オープニングの曲と、スーパーマリオの映像が妙にマッチしていたのが記憶に残っています。
1987年12月 モダン・ホラー特別編 これも、何度も読んでいた戯曲集と結構違ったため、頭の中の想像とのギャップに悩まされた舞台でした。

戯曲の方はお気に入りの一冊だったのに、正直、この舞台もあまり印象に残っていない。

ラグビーファンに語り継がれる「雪の早明戦」を見た後、「あ、そういえば第三舞台の公演をやっている」と気が付き、ふらっと劇場へ足を運んで、当日券で観劇した作品。
1988年7月 天使は瞳を閉じて 非常に理解しやすく、非常に悲しいラストだった。それゆえ、鮮明に記憶に残る作品だった。

クライマックスシーンで鳴り響く、ペット・ショップ・ボーイズの「Always On My Mind」が印象に残った作品。明るい曲調なのに、なんでこんなに悲しく聞こえるんだろう、と思った。
1989年2月

宇宙で眠るための方法について・序章

チケットを取るのが非常に困難で、新宿の紀伊国屋劇場で3-4時間並び、当日券をゲットして見ました。あんな時間の使い方は、もう二度とできないと思います。

この作品も、戯曲を先に読み込んでいたのですが、「朝日・・・」ほどの違和感に見舞われなかった。役者の皆さんのパワーが、シナリオのキャラクター像を振りきっていたせいだと思う。

とにかく舞台上の役者たちのパワーがはちきれるような作品でした。ダンスも、川崎悦子さん振りが全開で、印象深い。
1989年9月 ピルグリム 新宿のスペースゼロという、ちょっと珍しい場所で上演された作品。個人的に、第三舞台のトップ3に入る名作。

秋元康と高井麻巳子夫婦が観劇していて、「こんな忙しそうな人達でも、きちんと現場に足を運んで演劇を見るんだなあ」と、驚いた。
1990年8月 ビー・ヒア・ナウ これも、自分の中では第三舞台のトップ3に入る名作。この作品は東急文化村のシアターコクーンで上演されました。

この頃の作品は、ころころ上演場所が変わっていて、見慣れない劇場の雰囲気も同時に楽しんだせいか、場所と思い出が強く結びついている。
1991年2月 朝日のような夕日をつれて'91 前回に引き続き、違和感を強く感じた作品。自分が「朝日・・・」を見るたびに感じる違和感は何だろう。

この作品の直前に、第三舞台の関係者と一緒に芝居をした縁で、最終ゲネプロ(舞台初日前の、最後の通し稽古のこと)に招待してもらった作品。

誰もいない客席でスタッフの皆さんと一緒に見たのですが、なんだか自分が異空間にいるような気分にさせられた。
1991年8月 ハッシャ・バイ ハッシャバイの再演。大高洋夫・筒井真理子のペアと、池田成志・山口裕子のペアの、ダブルキャストで上演された作品。自分は両方見に行きました。どちらも味があって良かった。

開演前に鳴り響く「ラストダンスは私に」と、花束を持って微笑む出だしが最高に好きだった。
1991年11月

天使は瞳を閉じて インターナショナルヴァージョン

確か、伊藤正宏さんが出演した最後の作品だったはず。

この「天使・・・」も、とても良かったです。個人的に、「天使は瞳を閉じて」の天使役は、伊藤正宏さん以外にありえない。
1994年7月 スナフキンの手紙 パソコン通信の「演劇フォーラム」で、この「スナフキンの手紙を」を見に行くオフ会という企画が持ち上がり、それに便乗してみた作品。

スナフキンの手紙自体が、パソコン通信をテーマに扱っていて、あまりのタイミングに愕然とした。おそらく、当時誰よりも「スナフキンの手紙」を楽んだ人間の一人だと思う。
1995年4月 パレード旅団 この作品から、明確に「第三舞台の雰囲気が変わった」と感じた作品。どこが変わったか、というと、とても説明しづらい。

実験的なエチュードの応酬で、芝居のような即興劇のような、メタ化した芝居の何か、を見てしまったと言うか・・・うーーん、なんて言ったら良いのだろう。

とにかく不思議な作品でした。
1996年8月 リレイヤーⅢ 解散公演の前に見た、最後の作品。ちょうど、初めて第三舞台を見てから10年経った頃の作品。

この頃は、10年前と比べても自分の人生が変わりすぎて、芝居に時間を作る余裕がなくなっていた頃。
同時に、芝居以外に自分の世界がいくつもできて、文字通り人生が大きく変わり始めた頃でした。

「リレイヤー」というのは、時間の流れと共に、劇団の人間関係や情熱・エネルギーを生み出す存在が、前の世代から次の世代へ変わっていく「変化」を表した作品。

ちょうど自分も同じようなシチューエションだったせいで、とても心に刺った。
    これからしばらく、第三舞台の作品から遠ざかる。
2011年12月 深呼吸する惑星 なんと15年ぶりに見る第三舞台の作品、そして最後の作品。

「天使は瞳を閉じて」に似た所があるけれど、物語のラストは遥かに前向きで、希望に満ちた、ものだったと思う。

自分の青春を考えるとき、第三舞台はいつでもど真ん中にいました。