物語欲とカツマー現象とインターネットマーケティング
物語欲とは
僕は第三舞台と鴻上尚史さんが大好きです。
本棚には、鴻上さんの戯曲やエッセイがずらっと並んでいます。
今でも時折読み返しては、ほとんど古びていない内容に驚くことがあります。
鴻上さんがかつて書いた中で、今でも忘れられない文章あります。
詳細な文面は忘れてしまいましたが、ダイエットに没頭するあまり、誤って死んでしまった女性を取り上げたものでした。そこには、こんなことが書かれていました。
「ある女性が、ダイエットに没頭するあまり、栄養失調で死んでしまった。
人間の三大欲求は睡眠欲、食欲、性欲といわれているが、彼女は食欲よりも、ダイエットを優先させたのだ。
人間は本来、生存本能を持っていると言われるが、それではなぜ彼女がダイエットで死んでしまったのか、説明ができない。
おそらく彼女は、ダイエットが進むたび
『あと○kgやせたら、理想の自分になれる』
『あと○kgやせたら、きっと世界は変わる』
と、理想の自分を思い描きながら、死んだに違いない。
彼女が求める『理想の自分』への欲求が、人間の本能を凌駕してしまったのだ。
僕はこれを『物語欲』と名づけたい。
そして、人間は、どうしようもないほど、自分自身の『物語』を求める生き物である」
20年前の記憶なので、多少、僕自身の文章が混じっていますが、概ねこのような内容でした。ダイエットによる死亡は、過去の話ではなく、現在でも多数存在します。
「勝間和代」という物語マーケティング
この「物語欲」を刺激することで、ベストセラーにつなげたのが、勝間和代さんです。
僕は今まで勝間さんの著作にあまり興味がなく、拝見していなかったのですが、最近の「勝間和代×香山リカ」論争に少々興味を持って、香山さんと勝間さんの著作をそれぞれ読み始めました。
勝間さんの著書は、さすがにビジネスの修羅場をくぐってきた方らしく、様々なフレームワークやビジネスメソッド、分析方法を、わかりやすい文章で書いていました。
ですが、僕が勝間さんの著作を読んで、「あれ?」と思ったのは
- 確かにわかりやすく、優れているけど、これはロジカルシンキングやマーケティング、自己啓発の本で以前見たような気がする
- だとすると、なぜ他の書籍や著者ではなく、勝間さんの本だけがひとり勝ちしているのだろう
ということでした。
この不思議な違和感は、どこから来るのだろう。
少し考えるうちに、この違和感は、
- 勝間さんの著作は、ご自身の成功や経験を紹介して『本の内容通りに行動すれば、私のような成功をつかめる』という、事例紹介になっている
- いわば「勝間和代物語マーケティング」と言える内容になっている
ことから来ているのだ、と気がつきました。
勝間和代さんと言う、稀代の成功者のノウハウが書かれている書籍を買い続ける「カツマー現象」は、
「これを実践すれば、あなたも勝間和代のように成功できる」
という物語を求める読者達の姿であり、まるで
「このダイエットが成功すれば、きっと私の運命は変わる」
と信じる人々のように思えるのです。
もちろん、勝間さんの著書に書かれている内容は、極めて優れており、だからこそ多数の人々に支持されていることは間違いありません。
けれども、
「ある人の物語に感動して、自分自信の物語を作る」
ということと、
「ある人の物語に乗っかって、その人の人生をトレースしようとする」
ことは、方法論が違うのではないか、と思うのです。
僕の違和感は、ここから来ていたようです。
インターネットは「物語欲」の増幅装置
かつて、インターネットが無い頃は
「成功している人」
「輝いている人」
は、テレビや雑誌の向こう側に存在する、一握りの人たちでした。
能人として名声と人気を一身に集める人がいても、ビジネスで莫大な成功を収めた人がいても、「向こう側」の人たちは、「自分たち」とは違う、と言ったような意識がどこかにあった気がします。
しかし、現在、インターネットを見渡せば、ブログやホームページの向こうに
「自分と何も変わらない、平凡な人なのに、成功している、輝いているように見える人たち」
が沢山いる、と考えている人が増えてきているようです。
ブログやソーシャルブックマークに一定数存在する、いわゆる数々の「ネガコメ」を見ていると
「自分が手にいれることのできない幸せや富を手に入れて、許せない」
という、妬みのような感情を感じることが良くあります。
コメの対象者になっている人たちが、本当に成功しているのか?輝いているのか?は、決して分かりません。
一見、ネット上で輝いていても、当人は傍から見るほど良い状態でもないかもしれません。
ネット上で輝いている・成功している自分を「語っているだけ」なのかもしれません。
ですが、これらのブログ記事や日記に反応する人たちは、どうしようもなく
「その人たちの『輝く物語』が羨ましい」
と感じているに違いありません。
勝間和代さんは、
「起きていることはすべて正しい―運を戦略的につかむ勝間式4つの技術」
の中で、ご自身の著作の成功は、インターネットの活用にあることを認めていらっしゃいました。
勝間さんの本がベストセラーになる背景には、「物語欲」に突き動かされるネットユーザーの存在を抜きにしては考えられないことでしょう。
「物語マーケティング」真っ盛り
アジャイル・メディア・ネットワークさんは、盛んに企業の担当者とブロガーを引き合わせる、ブロガー向けミーティングを開いていますが、これは「物語マーケティング」の一例と言えます。
Mや広告などの短いメッセージでは、その製品が開発された背景や哲学、開発に携わる人々の「思い」は、なかなか届きません。
そこで、「インターネット」という媒体と、ブロガーという「語り部」「媒介」を通して、製品の物語を広げようとしています。いわば「物語マーケティング」とでもいうべき手法と言えます。
AMNさんのように、適切なマーケティングメッセージを、適切なコンセプトで企画し、適切な運営で行われるのであれば、殆ど問題が起こることはないでしょう。
問題は、「物語欲」が増幅しがちなインターネットで、「物語マーケティング」を大きく見せようとする場合です。
検索エンジンで検索をすると、ある一定の割合で
「情報商材」と呼ばれる、マニュアルやノウハウのセールスページを見つけます。そこに書かれている言葉は、決まって
「あなたも成功できる」
「沢山の収入が確実に手に入る」
「あっというまに恋人ができる」
というようなメッセージに溢れています。
「あなたも大成功の物語の主人公になれる」という、物語を売りつけようとしているのです。
僕もビジネスマンの端くれなので、「物語欲」とビジネスの結びつきは、有効な手段である、と考えます。
その一方で、
「自分という存在を保ちたいなら『他人の物語』に巻き込まないほうが良い」
とも思い、少し複雑な気持ちになるのです。
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