2010年3月12日 22:00

スーパーマーケットから見た夕日がとてもきれいで、すべての物事に感謝したくなった話

僕はよく、家族と買い物に行きます。

数週間前、いつものように、家族で買い物に出かけました。

家の近所に新しいスーパーマーケットができて、行ってみよう、ということになったのです。

お昼ごはんを食べて、少し時間が経った頃、みんなで車に乗って出発しました。

スーパーマーケットは、車で10分程度。近くも遠くもない、ちょっとだけ離れた場所にありました。

僕たちは、屋上にある駐車場に車を止めて、エスカレーターを降りてショッピングフロアに移動しました。

 

スーパーマーケットは、新しく出来ばかりの建物独特のにおいでした。

沢山の家族連れでにぎわっていましたが、通路が広く、ストレスを感じないつくりになっていました。

普段行かないスーパーマーケットで、家族みんな、少しうきうきしていたようでした。

いつものように奥さんは食糧を買いに行きました。

その間、僕は子供の面倒を見ていました。

買い物の合間に、いつものようにコーヒー屋さんに入りました。

 

すべてがいつもと同じような買い物でした。

 

やがて、買い物が全部終わったあと、荷物を積み込むために、屋上の駐車場に上がりました。

 

そのとき、僕の目に入ってきたのは、今までに見たことのないような、きれいな夕焼けでした。

 

夕焼け

 

正確に言えば、「今まで見たことがない」というのは誇張かもしれません。

 

以前にも、きれいな夕焼けは何度も見たことがあります。

 

例えば、ホノルルマラソンに参加したときにみた、海辺に沈む夕日は、それはそれは美しくて、波の音とあいまって筆舌に尽くしがたいものでした。

それに比べて、この日の夕焼けは、どこにでもあるスーパーマーケットの、どこにでもある屋上から見えるものでした。

ホノルルのロマンチックな夕焼けとは、シチューエーションも、周囲の風景も、比べ物になりません。

スーパーに来店した、他のお客さんにとっては、何でもない風景なのかもしれません。

 

だけど、この夕日を見たときに、本当に

 

「なんてきれいなんだろう」

 

と思ったのです。

 

僕はすぐに、その理由に気がつきました。

 

いつもと変わらない休日、いつもと変わらないお買い物。

いつものように、はしゃいであちこちに歩き回る子供を引き止めて、いつものように奥さんの荷物を持ってあげて。

そして、いつものように、家族全員で車に乗ろうとしたときに、全員そろって、きれいな夕焼けを見れたこと。

 

毎日のリズム通り過ごす生活の中では、なんとなく見過ごしがちだけれど、自分が過ごしている今の時間は、とても奇跡的で、変えがたいものだということに気がついたのです。

 

一人で暮らしていた頃のある時期は、手に余るような時間と自由があって、どうすごして良いか分からず、もてあましているような時間をすごしたことがありました。

なんでもできるけど、何をして良いか分からない時間。

 

ネット上でも、リアルな世界でも、情報量は幾何級数的に増えていて、どんどん自分の脳と身体を通り抜けていきます。

そんな毎日は、本当に秒速で過ぎていきます。誰もが知り合いで、誰もがつながっている世界。

でも、見ている景色はそれぞれ違う世界。

情報は飛び交っているけれど

「誰と一緒に今の時間をすごしているのか、時々分からなくなる」

世界。

だからこそ、リアルな世界で、一緒の場所にいて、一緒に同じ夕焼けを見てくれる人がいたことが、嬉しかったのかもしれません。

 

今は、家族もあり、仕事もあり、自分が使える時間はとても限られています。

時折、自由に動き回り、夜のパーティによなよな参加する人たち、ネット上でもリアルでも沢山の人々に会える時間を持つ人たちを、ちょっとうらやましく思ったりもします。

だけど、かけがえのない家族と過ごす、何気ない普通の時間。それは、とてつもなく大事で、いとおしいものなのだと、改めて感じたのです。

 

そして、家族以外にも、

「いつもの友だち」「いつもの仲間」とすごす時間。

「いつもの場所」「いつもの風景」で見える景色。

「いつものコーヒー」「いつもの食事」に感じる安心感。

これらは、とんでもなく奇跡的で、かけがえのないものなのじゃないか、と確信したのです。

 

おそらく、子供たちは、あと数年で、あっという間に成長して、親である僕たちとは話さなくなることでしょう。

今、一緒に過ごしてくれている友達は、10年経つと、疎遠になってしまうかもしれません。

きっと、10年経ったときの風景は、今とはまったく違う景色と色合いになっているのでしょう。

 

だからこそ、今、こうして一瞬の日常と平和を感じることができた、そのことに感謝したい。

一人でいるときには実感できなかった、「誰かとともに時間を過ごせること」に感謝したい。

そう思った、夕焼けでした。