フレッシュプリキュア最終回記念・「解放」と「再生」としてのフレッシュプリキュア論
「フレッシュプリキュア」が最終回を迎えました。前回のブログ記事にも書いたのですが、当日マラソンのレースがあったため、スタート直前まで携帯電話のワンセグで最終回を見ておりました。ワンセグ万歳。
僕は普段、テレビをあまり見ていません。ましてアニメは、長い間、全然見ていません。おそらく10年ぐらい、みていないような気がします。
なので、ここまで見事にはまったことに、自分自身驚いています。
既に新しい「ハートキャッチプリキュア」が放映開始していますが、改めてフレッシュプリキュアにはまった経緯、そして、どこに魅力を感じてここまではまったのか、つらつらと書きながら、フレッシュプリキュアの最終回を寿ぎたいと思います。
はまった経緯
僕には2人の子供がいて、長男は5歳。戦隊シリーズや仮面ライダーに、今まさに「はまっている」お年頃です。
長男がテレビを見ているのに付き合っていたのですが、その延長で、直後に放映される「フレッシュプリキュア」をたまに見ていました。
最初は「おー、プリキュアってまだやっているんだ。結構長いね」などと思っていたのですが、6-7月ごろ、敵の一人「イース」こと「東せつな」と、主人公の「キュアピーチ」こと「桃園ラブ」との戦いのあたりから一気に引き込まれます。
東せつな
左がキュアピーチ、右がイース
気がついたら、毎週放映を楽しみにするようになってしまい、ビデオを録画をして、欠かさず見るようになってしまいました。
そして、映画版を何の気なしに借りてみたところ(オールスターDXってやつ)、これがまた見事に面白くて、すっかりプリキュアシリーズ自体にはまってしまいました。
イース=東せつな=キュアパッション
ここで、どうしても「イース」=「東せつな」について説明しないと、話が前に進みません。知らない方のために、軽く説明したいと思います。
画像は、フレッシュプリキュアに登場する4人のプリキュアです。
左からそれぞれ「キュアベリー」「キュアパッション」「キュアピーチ」「キュアパイン」といいます。
4人の中では、キュアピーチがメインのキャラクターで、リーダー格なのですが(そしてストーリーは彼女を軸に進むのですが)、一番人気は圧倒的に「キュアパッション」なのです。
2月7日時点で、それぞれ4人のキャラクターに関する2ちゃんねる内の掲示板を見たところ
・キュアベリー 12スレッド目
・キュアパッション 53スレッド目
・キュアピーチ 13スレッド目
・キュアパイン 32スレッド目
と、圧倒的にキュアパッションに関するスレッドが多いのであります。彼女のファンの多さをうかがい知ることができます。
キュアパッションは、元々は先に説明した「イース」というキャラクターであり、最初は敵の大幹部として登場したのです。
なぜ敵の幹部だった「キュアパッション」が、プリキュアになったのでしょうか?
ここで簡単に、物語における彼女の役回りを書きたいと思います。
敵幹部であったイースが、キュアパッションになった経緯
プリキュアの敵は「ラビリンス」といい、パラレルワールド全世界を支配するのが究極の目的で、そのために3人に幹部に地球を侵略するように命令をします。
そのうちの一人が「イース」こと「東せつな」です。
イースはラビリンス世界での姿で、彼女が地球(日本)で活動をする際に、かりそめの姿として「東せつな」という少女に変身して潜入します。
そして、せつなの姿の時に、主人公である「桃園ラブ=キュアピーチ」に、正体を隠したまま近づいて、友達になったフリをするのです。
最初から最後まで、ラビリンスの命令に忠実であろうとした彼女は、人の良いラブの性格を利用しながら、陰に陽に様々な策略を仕掛けてきます。
しかし、ラブは、彼女の策略にまったく気がつかず(まさに「天然」といった感じで)、大切な友人として接します。
なかなか結果が出ないイースに対して、ラビリンスの支配者・メビウスは、彼女に最後のチャンスを与えます。ラビリンスでは、人間の寿命まで管理しており、イースの寿命が残り少ないことを告げて、生命に変えてもプリキュアを倒すように命じます。
イース=東せつなは、自分の生命を削りながら戦い続け、ついに自分の正体=敵幹部である「イース」であることをラブに告げます。
友人と思っていた東せつなが、実は敵幹部であったと知ったラブは動揺し、泣きながら戦います。
せつなは、戦いの最中、自分の感情をすべてさらけ出しながら戦い続けます。
「はじめて会ったあの日!
幸せが訪れるなどとデタラメな占いを真に受けては喜び、
その後も些細なことで幸せを手に入れたと言ってははしゃぎ、
罠に掛けようとしているのに微塵も疑う素振りを見せず、
いつもいつもバカみたいに笑ってる、
そんなおまえが、
おまえが!
うらやましいと思った!」
--戦いを強制され続け、疲れ果てた彼女は、いつしか「「イース」としての使命より、「東せつな」という、本来の自分の気持ちを抑えられずにいたのでありました。
やがて、イースとしての寿命が尽きた東せつなは、奇跡的に転生を果たし、「キュアパッション」として蘇るのですが、これまでの戦いの中で自分がしてしまった罪や傷つけてしまった人々と会い、苦しみながら乗り越えていく・・・
ざっとまとめると、こんな展開で物語が進むのです。
文字で書くと一瞬ですが、そこにいたるまでの積み重ねが見事で、ぐいぐい引き込まれるようなストーリー展開が繰り広げられ、いつのまにか食い入るように見ていたのでありました。
やがて、プリキュアになった東せつなは、「キュアパッション」である自分を受け入れて、かつては所属していた敵組織に対して、プリキュアとして挑むようになります。
組織に与えられた「使命」と「自分の感情」の狭間で苦しむ姿は、見ている自分(視聴者)そのものだという事実
僕が参ったのは、「イース」=「東せつな」の心の動きがとてもリアルで、生々しく、まるで自分のことのように感じられる物語展開でした。
彼女が置かれた立場は
・組織から「絶対服従」を求められ強制される自分と
・屈託なく楽しそうに過ごしている友達を見て、嫉妬と絶望に駆られる生身の自分
の間で揺れ動く、二律背反な状況でした。
実際、プリキュアたちに自分の正体を明かしたときの東せつなの表情や声は、どうしようもない絶望と羨望、そして任務のために酷使しを続けた激しい疲労が画面からも声からも感じられて、なんとも言いようのない気持ちにさせられる、非常にリアルなものでした。
彼女を見ていた感じたのは、
「これって、見ている自分たちそのものじゃないの?」
ということでした。
自分たちは、多かれ少なかれ「仕事」という使命を持って、日々働いています。
そこでは、自分が属する組織からの命令だったり、自分がかかわるクライアントの要望などに応じる形で「仕事」をこなしています。
「仕事」は、時に本来の自分の思考や感情とは無関係に、絶対的な服従をしなければいけない状況に自分を追い込みます。
その「仕事」のミッションが、自分の本来の「気持ち」と距離があるとき、「自分」は多かれ少なかれ二律背反の状況に立たされ、苦しむことになります。
これは、社会人に限りません。学生にしろ、子供にしろ、多かれ少なかれ人は「属する組織(学校や友達同士のグループ)」と「自分」の間で悩むものです。
「イース」=「東せつな」の苦しみは、見ている自分(視聴者)の姿そのもののように思えたのです。
敵組織には、イース以外にも2人の幹部がいるのですが、彼らはプリキュアになってしまった彼女を「イース」という昔の名前で呼び続け、戦いながらも仲間に戻るように語り続けます。
彼らは、会社で言うなら「非情になりきれない、友人としての同僚」そのものです。組織の命令に忠実でありつつ、組織から離れていった彼女を否定もしないのです。
ここから分かるように、プリキュアの世界に生きる人たちは、「根っからの悪人」はほとんどいません。実際、敵の幹部はそれぞれに人気があり、それぞれにキャラクターが立っています。
(最終的に「悪」そのものは3人だけ、その3人もいわゆる「人間」とは異なる存在であることが最後に明かされます)
プリキュアの4人、そして敵幹部の2人は、それぞれ生身の人間としての性格を強く持っていて、異なるタイプ、性格に分かれています。見ている我々は、自然に誰かに感情移入をすることができるのです。
シンプルなストーリー構成と人間賛歌
最終的な「悪」そのものは3人だけ、と書いたとおり、プリキュアの世界は出てくる人々すべてがびっくりするぐらいに良い人そろいです。中には、口の悪い商店街のおばあちゃんがいたり、間の悪い男の子集団もいたりするのですが、基本的にはみんな(少女アニメらしく)ハードな物語展開の割には「良い人」がそろっています。
そしてそれゆえ、シンプルで入りやすい物語構成となっていて、僕のような物語半ばから視聴を始めた人間でもすんなりと物語世界に入れるようになっています。
この「シンプルなストーリー構成と人間賛歌」も魅力のひとつといえるでしょう。
最近の子供向け番組は、結構複雑な物語、複雑な人間関係が入り混じりますが
(最近の仮面ライダーシリーズはまさにその際たるもので、途中から見始めると間違いなく物語についていけないぐらい複雑です。)
プリキュアは途中から見ても十分入っていける余裕と間口の広さがありました。ここも僕がプリキュアの世界に入っていけた理由のひとつと言えるでしょう。
■ そしてやっぱりダンス
そして、やはり「ダンス」の魅力も大きいものでした。
Wikipediaによると「人気のあるダンスを取り入れて、視聴者にアピールすることを目指した」と書いています。
アニメ本編でのダンスは、見ていると結構動きがぎこちなく、成功したかどうかは判断がつかないのですが、エンディングで見ることのできるCGのダンスは間違いなく一級品で、非常に素晴らしいできばえです。
このブログでも書きましたが、ダンスのコリオグラフは、この手の子供向けとしてはびっくりするぐらい本格的で、「ダンスビデオ」そのものになっています。
新しいシリーズ「ハートキャッチプリキュア」でも、前田健が振り付けを行い、CGで再現するという、フレッシュプリキュアと同様のスタイルをとっていることからも、エンディングのダンスがいかに支持を得たか、人気を得たかがうかがい知れます。
以上、長々とフレッシュプリキュアについて語りました。
一言とで言えば、フレッシュプリキュアは「解放」と「再生」の物語だったのではないか、と思いました。
組織の支配、束縛から解放されること、本来の自分の思考や感情を取り戻すことを丁寧に描いた物語だったのではないでしょうか。
・・・というわけで、フレッシュプリキュアは終わってしまいましたが、春には全プリキュアが登場する「オールスター」の続編が映画館で上映されるようで、正直「見に行きたい!」と思う今日この頃です。
・・・でもね、僕の子供は男の子なんですよね・・・。
映画に行くにしても、付き合わせるわけにもいかないし。やっぱりDVDが出るまで待つ必要があるかなぁ・・・・むむむ。




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