オープンソースコミュニティにおける「ビジネス」と「金銭」のバランス
前回に引き続き、オープンソースコミュニティに関する私感です。
■ 定量評価ができない「貢献」という概念
オープンソースコミュニティで、とりわけデリケートなのが「金銭」に関わる話題です。
ただでさえお金が絡む話はデリケートになりがちですが、これが「オープンソース」という、ある意味ビジネスロジックとは一線を画する世界になると、いろいろな意味で「金銭」に絡む論争が発生します。
では、オープンソースコミュニティにおいて発生する、金銭的な論争は、どこに起因するのでしょうか。
大きな原因のひとつに、オープンソースコミュニティ独特の「貢献」という概念が挙げられます。
オープンソースのコミュニティでは
- どれだけプログラムをコミットしたか
- どれだけ言語ファイルを訳したか
- どれだけ参加者のフォローアップをしたか
などなどの、有形無形の「貢献」「寄与」が存在します。
これらの「貢献」内容が大きかったり、内容が濃かったりする人々は、周囲の「尊敬」「畏怖」の対象となります。
ここで問題なのが、「貢献」は、定量的な「金額」に換算できないことです。
コミットメントしたプログラムの数より、ひとつの最重要なプログラムがより高い評価を得ることもあります。また、プログラムによる貢献以外にも、コミュニティにとって非常に重要なリソース
(ドキュメントをまとめるとか、ファシリテーターとしてメンバー間の調整を行うとか)というのも確かに存在します。
つまり、「貢献」や「寄与」は、単純に「数値化」できないことが多いのです。
目に見えない、定量化できない「貢献」を金銭に換算するのは、きわめて困難です。
このため、コミュニティ活動と金銭授受を結び付けようとすると、必ず
「誰々はたいした貢献もしていないのに、貢献以上の金銭的報酬を受け取っている」
「こんなに貢献を行っているのに、金銭的な評価が低い」
など、「定量化できないゆえの不公平感」が必ず発生します。
これが、オープンソースコミュニティと、「金銭的な話題」の間に緊張感を生み出す最大の原因になっています。
■ 無償ボランティアに依存するコミュニティは続かない
それでは、全オープンソースコミュニティは、金銭的な報酬が一切存在しない「無償のボランティア活動」に拠るべきなのでしょうか。
私感ですが、おそらくそういった活動は長続きしません。
ほとんどの皆さんは「ナイチンゲール」という名前をお聞きになったことがあると思います。近代看護の基礎を作った巨人です。
ナイチンゲールは、「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」という信念を持ち、「ボランティアによる救護団体の常時組織の設立」に対して批判的な立場をとったといいます。
また「ボランティア」の語源は、さかのぼると「志願兵」から始まっており、本来的な意味は「自発的な活動」といった色彩の強いものです。
日本ではどうしても「ボランティア=無償」というイメージが強いですが、そもそもの概念は異なります。
そして、ナイチンゲールが看破したように、無償奉仕に依存するコミュニティ活動は、往々にして継続性を欠き、空中分解するケースが多いのです。
■ オープンソースはビジネス利用を否定しない
ところで、「オープンソースのビジネス利用」「金銭的報酬の受け取り」はご法度なのでしょうか。
もっとも広く普及しているオープンソースライセンス、「GNU GPL Ver.2」では、以下のようなFAQが存在します。
http://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html#DoesTheGPLAllowMoney
GPLは金銭目的でプログラムの複製を販売することを許可していますか?
はい。GPLは、誰もが販売することを許可しています。複製を販売する権利 はフリーソフトウェアの定義の一部です。
GPLは、私のサイトからプログラムをダウンロードする人に料金を課すことを許可していますか?
はい。あなたはプログラムの複製を頒布するにあたり、望むだけの手数料を課すことができます。
オープンソースパッケージの販売や、これを利用したビジネスは、特に禁止事項でもなく、ライセンス条項に違反しているわけでもないと解釈できます。
これらの情報から分かるとおり、オープンソースを利用したビジネス展開に、違法性はありません。
こういった「ビジネスユーザーによるオープンソースコミュニティへの参加」は、コミュニティの活性化に非常に重要な役割を果たしますし、そのプロジェクトが飛躍的に向上する原動力となるのです。
お金を払って利用する「ユーザー」の厳しい目に触れること、そして、ビジネス的なコンペティターとの競争によって、オープンソースプロダクトが完成度を増し、それが結果的にオープンソースコミュニティにポジティブフィードバックをもたらす、というケースは良くあるのです。
■ オープンソースを利用した「利己」的な行動が、コミュニティにプラスをもたらす
オープンソースを利用したビジネス活動は否定されるものではありません。
問題が起こるのは「コミュニティ自体を利用したビジネスを志向した場合」あるいは「コミュニティ内をビジネスマーケットとみなした場合」といえるでしょう。
つまり、一部のコミュニティ運営者が、コミュニティ参加者を通じて収益を上げたり、ビジネス的な利権窓口になる場合がそれに相当します。
「オープンソースコミュニティにこれだけ貢献しているのだから、これだけ金銭をもらってしかるべき」
と考え始めたとたんに、決して定量的な判断のできない、迷路に迷い込むのでしょう。
最初に書いたとおり、「貢献はお金に換算できない」ため、それをやろうとすると、コミュニティの存続は保てないのです。
オープンソースを利用した金銭的見返りは「活動による知見、知識を利用して、自助活動によって得られるべき」だと考えます。
参加者それぞれが、自分たちのビジネスに、オープンソースコミュニティで得た成果物(プラグラムなどの実体物、知識や知見などの無形物)を利用して、自分たち独自で金銭的なメリットを享受する、というやり方です。
コミュニティ内部で得た知識や、技術を元に、コミュニティ外部でそれをビジネスに結びつけることによって、参加者がそれぞれ利益を享受してもらい、その成功体験が、さらにコミュニティに対するポジティブなフィードバックを生む・・・こんな流れが理想的です。
まとめると
- オープンソースコミュニティの活動は「無償奉仕」になるべきではない。「自分への利益、メリット」が動機になって然るべき。
- オープンソースを利用したビジネス活動、対価の享受は禁じられていない。
- コミュニティ活動そのものを「ビジネス的な金銭メリット」につなげようとしたときに、トラブルが発生する
長くなったので、続きはまた次回。
次回は「コミュニティ運営とコアグループの立ち位置」について考察します。
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