20年かけて分かったスティーブ・ジョブスの偉大さと、その仕事
面識のない人の訃報を聞いて、誰もが思わず何かを語りたくなることがあります。
それはきっと、その故人が偉大だったことを示す、何よりの証拠なのでしょう。
今から約20年前、新入社員として社会人になった頃の事。当時、住んでいた寮に、Macintosh Classicという名前の、デスクトップパソコンを持っていた人間が2,3人いました。
その白黒マシンの値段を聞いたところ、100万円近いと知って、ものすごく驚いた記憶があります。
さらに、その目が飛び出るような高さのマシンが、なぜ自分の近くに何台も転がっているのか、不思議に思いました。
「こんな高価な白黒のマシンを、欲しがる人間が何人もいる。なぜなんだろう?」
そのとき、僕は初めてアップルという会社のことを知りました。
その後、ある経緯で、NeXTSTEPというOS用に、あるソフトを開発するプロジェクトに参加することになりました。僕も担当の一人にさせられ、訳も分からず、NeXTSTEPを触りました。ちょうどInte互換バージョンがリリースされた直後でした。
僕はそのソフトの革新性が良く分からず、まさに猿がパソコンを触るように、机の上にあったi386のNeXTSTEPマシンを触りながら
「これを作ったのはスティーブ・ジョブス、最近アップルを追放になった人らしい」
と知りました。このとき、スティーブ・ジョブスという人について知るようになりました。
NeXTSTEPはその後、アップルのOSとして採用され、現在のアップル製品の基礎になっています。
それから10数年後の2000年代前半、ジョブスを偶然、銀座で見かけた事があります。結婚直後、妻と義母と一緒に銀座にでかけたときのことでした。みたところ、日本人スタッフの方が2,3人一緒でした。
妻と義母に
「ほら、スティーブ・ジョブズがいるよ。アップルのCEOたよ。」
と説明したけれど、二人ともピンと来ないようでした。
しばらくして、銀座にアップルストアができます。今から思うと、アップルストアの開店前に、現地視察で来ていたようです。
ジョブスって、背が高いな・・・と遠目に感じたことを、今でも覚えています。
今、僕はiPhoneを毎日のように触っています。iPhoneの画面をのぞき込んでいると、妻が
「それ、Appleの製品だよね、ジョブスっていう人が作ったんだよね」
と話しかけてくれるほど、Apple、そしてスティーブ・ジョブスの名前は著名なものになりました。
iPhoneの中にあるiOSは、20年近く前、僕が何も分からずに触っていたNeXTSTEPから進化していったもの、と言うことができます。
20年前に仕事で触っていたシステムが、時を経て、形を変えて、今自分の手のひらの中にあります。
僕は20年かけて、やっと、このシステムの先進性、偉大さに気が付きました。
やっぱりスティーブ・ジョブスは偉大だった。
僕のような、縁もゆかりもない人間でも、その死について、何か追悼の言葉を言いたくなるほど、偉大だったのです。

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