2011年10月 6日 12:00

20年かけて分かったスティーブ・ジョブスの偉大さと、その仕事

面識のない人の訃報を聞いて、誰もが思わず何かを語りたくなることがあります。

それはきっと、その故人が偉大だったことを示す、何よりの証拠なのでしょう。

 

今から約20年前、新入社員として社会人になった頃の事。当時、住んでいた寮に、Macintosh Classicという名前の、デスクトップパソコンを持っていた人間が2,3人いました。

その白黒マシンの値段を聞いたところ、100万円近いと知って、ものすごく驚いた記憶があります。

さらに、その目が飛び出るような高さのマシンが、なぜ自分の近くに何台も転がっているのか、不思議に思いました。

「こんな高価な白黒のマシンを、欲しがる人間が何人もいる。なぜなんだろう?」

そのとき、僕は初めてアップルという会社のことを知りました。

その後、ある経緯で、NeXTSTEPというOS用に、あるソフトを開発するプロジェクトに参加することになりました。僕も担当の一人にさせられ、訳も分からず、NeXTSTEPを触りました。ちょうどInte互換バージョンがリリースされた直後でした。

僕はそのソフトの革新性が良く分からず、まさに猿がパソコンを触るように、机の上にあったi386のNeXTSTEPマシンを触りながら

「これを作ったのはスティーブ・ジョブス、最近アップルを追放になった人らしい」

と知りました。このとき、スティーブ・ジョブスという人について知るようになりました。

NeXTSTEPはその後、アップルのOSとして採用され、現在のアップル製品の基礎になっています。

それから10数年後の2000年代前半、ジョブスを偶然、銀座で見かけた事があります。結婚直後、妻と義母と一緒に銀座にでかけたときのことでした。みたところ、日本人スタッフの方が2,3人一緒でした。

妻と義母に

「ほら、スティーブ・ジョブズがいるよ。アップルのCEOたよ。」

と説明したけれど、二人ともピンと来ないようでした。

しばらくして、銀座にアップルストアができます。今から思うと、アップルストアの開店前に、現地視察で来ていたようです。

ジョブスって、背が高いな・・・と遠目に感じたことを、今でも覚えています。

 

今、僕はiPhoneを毎日のように触っています。iPhoneの画面をのぞき込んでいると、妻が

「それ、Appleの製品だよね、ジョブスっていう人が作ったんだよね」

と話しかけてくれるほど、Apple、そしてスティーブ・ジョブスの名前は著名なものになりました。

iPhoneの中にあるiOSは、20年近く前、僕が何も分からずに触っていたNeXTSTEPから進化していったもの、と言うことができます。

20年前に仕事で触っていたシステムが、時を経て、形を変えて、今自分の手のひらの中にあります。

 

僕は20年かけて、やっと、このシステムの先進性、偉大さに気が付きました。

やっぱりスティーブ・ジョブスは偉大だった。

僕のような、縁もゆかりもない人間でも、その死について、何か追悼の言葉を言いたくなるほど、偉大だったのです。

http://www.apple.com/stevejobs/