はじめてのお別れ、はじめての涙、はじめての出会い、はじめての笑顔
3月31日、長男が保育園を卒業しました。
物心ついた頃から5年間、毎日通い続けてきた保育園。
いわば、子どもにとっては、第二の我が家のような場所。
最後の日、なかなか帰りたがらず、最後の最後まで保育園に残りたがる長男。
ひとり、またひとり帰っていき、ついに保育園には我が家だけが残る。
散らかしたおもちゃを、一つずつ、それはそれは丁寧に片付ける。
もう少し、保育園に残っていたくて。
目を赤くはらした先生たちと、記念写真撮影。
それでも、ぐっと泣くのをこらえる長男。
やがて、ひとりしきり先生たちともさようならの挨拶を交わし、保育園から外に出た瞬間、今まで我慢してきた子供の目から、一気に涙が溢れ出した。
「・・・もう少し、保育園にいたかった・・・。
・・・お友達や、先生と、もっと遊びたかった・・・」
自転車の上で、一生懸命泣くのをこらえようとするけれど、次から次へと涙が出て、止まらない。
ああ、この子は、生まれて初めて「おわかれ」の悲しさを感じているんだ。
そう気がつきました。
あのね、君がこれから成長するにしたがって、保育園にいた頃には考えられないぐらい、たくさんの人達と会うんだよ。
たくさんの人と会うということは、それだけ、たくさんの人とのお別れが、必ずやってくる、ということなんだ。
お別れは、いつも、悲しい。
僕たち大人は、その悲しみから逃れるために、否応無く、別れに対する「鈍感さ」を身につけていってしまう。
そうでなければ、大切な人とお別れするたびに、胸が引き裂かれるような気持ちに苦しめられる。そして、そんなことを何回も繰り返していると、いつの間にか、気持ちが沈んでしまって、元気に生きていけなくなる。
だから、お別れに耐えることができる、いろんな知恵を身につけてしまう。
それはそれで、とても大切な事だけど、引きかえに
「お別れの悲しさ」
「大切な人と過ごす時間の貴重さ」
を、少しづづ忘れていくのだ、とも言える。
君の涙を見ていたら、いつの間にか、鈍感さを身につけた自分に気がついた。
今日は泣いていいから、明日からまた、元気よく毎日過ごしていこう。
子どもの涙を見ながら、そんなことを思いました。
家に帰っても、子供はなかなか泣き止みませんでした。
そして、4月6日。
今日は入学式。
東京の空は、いつもにもまして、青い空が広がり、桜の花にも恵まれました。
たくさんの、新しいお友達。
もう、卒園式の涙はすっかり消え、気持ちの良い笑顔をみせてくれた長男。
これから、
卒園式の日の涙と、
入学式の笑顔。
両方の気持ちを忘れずに、日々過ごしていこう。
頼りない父親だけど、一緒に過ごしていこう。
そう思った、春の一日でした。
![]()
コメントする