2011年4月 6日 22:00

はじめてのお別れ、はじめての涙、はじめての出会い、はじめての笑顔

3月31日、長男が保育園を卒業しました。

 

物心ついた頃から5年間、毎日通い続けてきた保育園。

いわば、子どもにとっては、第二の我が家のような場所。

 

最後の日、なかなか帰りたがらず、最後の最後まで保育園に残りたがる長男。

ひとり、またひとり帰っていき、ついに保育園には我が家だけが残る。

散らかしたおもちゃを、一つずつ、それはそれは丁寧に片付ける。

もう少し、保育園に残っていたくて。

目を赤くはらした先生たちと、記念写真撮影。

それでも、ぐっと泣くのをこらえる長男。

 

やがて、ひとりしきり先生たちともさようならの挨拶を交わし、保育園から外に出た瞬間、今まで我慢してきた子供の目から、一気に涙が溢れ出した。

 

「・・・もう少し、保育園にいたかった・・・。

・・・お友達や、先生と、もっと遊びたかった・・・」

 

自転車の上で、一生懸命泣くのをこらえようとするけれど、次から次へと涙が出て、止まらない。

 

ああ、この子は、生まれて初めて「おわかれ」の悲しさを感じているんだ。

そう気がつきました。


 

あのね、君がこれから成長するにしたがって、保育園にいた頃には考えられないぐらい、たくさんの人達と会うんだよ。

たくさんの人と会うということは、それだけ、たくさんの人とのお別れが、必ずやってくる、ということなんだ。

お別れは、いつも、悲しい。

僕たち大人は、その悲しみから逃れるために、否応無く、別れに対する「鈍感さ」を身につけていってしまう。

そうでなければ、大切な人とお別れするたびに、胸が引き裂かれるような気持ちに苦しめられる。そして、そんなことを何回も繰り返していると、いつの間にか、気持ちが沈んでしまって、元気に生きていけなくなる。

だから、お別れに耐えることができる、いろんな知恵を身につけてしまう。

 

それはそれで、とても大切な事だけど、引きかえに

「お別れの悲しさ」

「大切な人と過ごす時間の貴重さ」

を、少しづづ忘れていくのだ、とも言える。

 

君の涙を見ていたら、いつの間にか、鈍感さを身につけた自分に気がついた。

 

今日は泣いていいから、明日からまた、元気よく毎日過ごしていこう。


子どもの涙を見ながら、そんなことを思いました。

家に帰っても、子供はなかなか泣き止みませんでした。

 



そして、4月6日。

今日は入学式。

東京の空は、いつもにもまして、青い空が広がり、桜の花にも恵まれました。

たくさんの、新しいお友達。

もう、卒園式の涙はすっかり消え、気持ちの良い笑顔をみせてくれた長男。

 

これから、

卒園式の日の涙と、

入学式の笑顔。

両方の気持ちを忘れずに、日々過ごしていこう。

頼りない父親だけど、一緒に過ごしていこう。


そう思った、春の一日でした。


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