10数年振りに新聞を取り始めた2つの理由
最近、10数年ぶりに新聞を取り始めました。

毎朝、ポストに朝刊が配られています。
週に一度、子供向けの新聞も届き始めました。
この話をネット上で話したところ、数人の方から
「えー、今さら?」
と、驚かれてしまいました。
ごもっともな反応だと思います。
僕がなぜ、今になって新聞を取り始めたかというと、大きく2つの理由があります。
- 僕の子供たちは、新聞に全く接点がなかったこと
- ネットメディアが目指し始めている「キュレーションサービス」は、そもそも新聞そのものであり、比較したくなったこと
僕の子供たちは、新聞に全く接点がなかったこと
30代以上の人間にとっては、かつては
「ニュースといえば、新聞やテレビにしかないもの」
でした。
しかし、今の子供たちのとっては違う。
「ニュースは新聞やテレビ以外にも溢れている」ことに、改めて気が付きました。
僕の家庭では、インターネットやテレビ、必要に応じて本などを買ったりすることはありますが、新聞だけは、まったく接点がありませんでした。
つまり、僕の子供たちは、将来
「新聞とは何かが分からない」
「新聞の読み方が分からない」
可能性が非常に高くなる、と思ったのです。
他のメディアは、その気になれば自分でアクセスすることができますが、新聞だけはおそらくそうはならない。
大多数の人達にとって、新聞は自宅や会社に届けられるもので、自分で買うものではありません。
駅の売店やコンビニエンスストアで、新聞を買った経験のある人は、きっと少ないでしょう。(スポーツ新聞は別と考える)
全く新聞に触れない状態で大人になったとき、僕の子供たちは、新聞のような媒体を全く読めない人間になる可能性がある。
一方で、新聞のような、情報媒体が、完全になくなるとは考えづらい。
将来、新聞がどういう形になるかは分からない。
もしかしたら、iPadのようなデバイスに、毎日電子メールのように届くようになるかもしれない。
だとしても、新聞という、ニュースを編集して集約するメディアが、全く無くなるとは考えにくい。
だとすれば、
「読む、読まないは別にして、『新聞』というものがある生活を体験させる」
「情報の読み方や、新聞の良い点、悪い点は、親である自分が責任をもって伝える」
「新聞という存在、および情報の取捨選択は、子どもに任せる」
のも、親の仕事かな?と思い、新聞を取ることにしました。
これが最も大きな理由。
ネットメディアが目指し始めている「キュレーションサービス」は、そもそも新聞そのものであり、比較したくなったこと
インターネットサービスのトレンドとして、最近「キュレーション」という言葉が注目を浴びています。
これは、ネット上のつながり、媒体を通して、情報の編集、整理を行うサービスを指しています。
しかしながら
「そもそも、情報の編集、整理って、既存のマスメディアが得意としてきたことだよね」
「ネット上のキュレーションサービスは、キュレーターにあたる人物の情報収集、整理能力に大きく依存して、玉石混交そのもの」
「だとすれば、今一度、新聞に立ち戻って、ネットメディアの情報編集力と比較するのも面白いかも」
と思った次第です。
中にいる人の頭が古いとか、情報偏向の可能性があるとか、いろいろ言われますが、それでも新聞社の人たちは、プロとして情報に接してきた人たちであることに間違いはありません。
一方で、最近は、ネットの情報から「正しい」「的確な」情報分析を選ぶのが結構大変になってきているな、という実感があります。
ネット情報が膨大になりすぎて、まとめサイトやキュレーションサイトも、玉石混交です。
また、これらのサイトは、テレビや新聞と合わせて確認することで、初めて意義があるものも少なくありません。
そんな今だからこそ、一度新聞に戻って、比較しながら見るのもよいかな、と思いました。
既得権益としての「メディア事業」は無くなるだろうけど、情報の編集・解説はなくならない
30代以上の大人の方々にとって、ある時期までは
「ニュースは新聞やテレビを初めとするマスメディアが届ける物」
という時代を、確実に過ごしています。
そのころの僕たちは、ニュースに触れるためには、マスメディアに頼らなくてはいけませんでした。
一方で、マスメディアがあまりに強力かつ寡占状態になりすぎたために、
- 報道の偏り
- 既得権益による歪んだ利益構造
など、既得権益構造が放つ独特の「腐臭」のようなものが会ったことも確かだと思います。
そういう古い事業構造を嫌う人たちが、今のネットメディア支持に走っていると言えるでしょう。
そうですよね?
少なくとも、僕が新聞を読まなくなった理由はそうでした。
しかし、ネットメディアが生まれてすでに10年以上が経ち、各新聞社、テレビ局は、軒並み厳しい赤字経営を余儀なくされています。
(マスメディアの赤字転落に関する考察は、有料メールマガジン「週間isologue」さんで、度々分析記事が投稿されております)
「大きくて、絶対的な権力を持っていて、憎たらしい」
事業体としてのマスメディアは崩壊し始めていて、これまでの
「新聞社事業」
「テレビ局事業」
が崩壊するのは時間の問題でしょう。
それでも
「日々のニュースを整理、編集する『新聞的』な情報媒体」
は、なくならないでしょうし、テレビに付いても同様でしょう。
ネットメディア全面支持派の人々にとっては
「朝日新聞」
「読売新聞」
というラベリングが付いているだけで、反射的に拒否反応を示す人も多いでしょう。
けれども、もし朝日新聞や読売新聞と同じレベルの記事の質・量を持った、新しいネットメディアができたら、どうでしょうか?
きっと、そのネットメディアは、爆発的な支持を集めるに違いありません。
つまり、新聞嫌いの大多数の人にとって、問題は
「旧来の新聞という事業モデルで、無条件に設ける旧時代の仕組み」
であって
「一時情報を取得し、情報を取捨選択して、高いレベルで編集された紙面」
では無いはずです。
というわけで、今のタイミングで新聞を読み直すことにも、それなりの意義はあるんじゃないかなー・・・と思うのですが、いかがでしょうか。
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