2011年2月18日 22:00

第三舞台が復活する!

僕は高校時代、演劇部に所属しており、

「大学生になったら、演劇も続けて、大好きな歴史の勉強もしたい」

と考え、入学したのが早稲田大学でした。

(大学時代は、今は作家として有名になった「古川日出男」さんと一緒に、演劇をやっておりました)

第三舞台は、ちょうど僕が入学する頃に、人気が出始めた劇団です。

初めて第三舞台を見たときは、あまりの凄さにカルチャーショックを受けました。

「演劇って、こんなに面白いんだ!」と、打ちのめされる思いがしました。

2001年、「ファントム・ペイン」を最後に、10年の活動封印を宣言した「第三舞台」。

今年でちょうど、10年。

復活するのかな?

虚構の劇団」もノってきているし、このまま封印が続くんじゃないかな・・・

と思っていたところ。

先日、放送作家をやっている先輩と、お酒を飲んでいるときに

「知らないの?今度復活公演やるらしいよ。ニュースに出てたよ」

と、教えてもらいました。

な、なんとびっくり!

第三舞台復活公演

第三舞台という名前を聞くと、学生時代から2000年頃までの思い出が蘇ります。

僕が大学で演劇をやっていた当時、早稲田大学の大隈講堂裏は、今のようにきれいではなく、雑然としていました。

ふらっと遊びにいくと、第三舞台が舞台で使っていた大道具、小道具が捨ててありました。

ちょうどそのころ、僕が所属している劇団で、バズーカを使うシーンがあり、「デジャビュ」で使っていたバズーカをこっそりお借りしたこともありました。

「捨ててあるみたいだし、まあいいかw」

などと考え、持って行ってしまいました。

すみません。

今では懐かしい思い出です。

紀伊国屋ホールで公演を行った「宇宙で眠るための方法について・序章」は、前売り券を入手できず、当日3時間近く並んで、通路に座布団を敷いて見ました。

第三舞台がどんどん大きくなっていた頃、その名も「第三倉庫」と呼ばれる道具部屋が、豊島区と練馬区のあいだぐらいの場所にあって、ときどき大道具や衣装を借りに行きました。

(あ、これは、きちんと許可を貰ってから借りに行きました)

岸田戯曲賞をとった「スナフキンの手紙」は、パソコン通信をテーマにした舞台でしたが、僕はまさに、パソコン通信でチケットを手に入れ、パソコン通信の演劇フォーラムの仲間たちと舞台を見に行きました。

舞台上の物語と、パソ通仲間で舞台を見に行った現実が不思議に交錯して、なんとも言いがたい感覚に襲われたのを、今でもよく覚えています。

そんなこんなで、いろいろと思い出がある第三舞台の公演。

今年の暮れは、何がなんでも観に行かなければ行けません。

(行けるのかな?行けるといいな・・・。)